しぐなすの創作物置小屋

小説・現代誤訳・詩歌・漫画などなど

2021-01-01から1年間の記事一覧

200字小説「愛せるなら愛してみろ」

「あなたを心から愛しているわ」「残念ながら俺はあんたが思っているような人間じゃねえんだ。もうわかっただろう、伯爵家の息子なんて嘘っぱちさ。なんなら盗みだって人殺しだって厭わねえ。こんな薄汚い野郎を、愛せるなら愛してみろ」「ええ、愛せるわ。…

200字小説「たとえばの話」

たとえば私があなただったら、「いつも仕事がんばってるね」と言うでしょう。「女子は愛想がよければいいなんて嘘だよね」と言うでしょう。「君も入社して五年か。君のよさが今頃わかったよ」「地味って褒め言葉だから」「ほんと助かる。君のおかげで俺の成…

掌編小説「息子」

十時過ぎてから、おふくろが急に医者に行くと言い出した。明日休みだから今日行かないとだめなんだと言う。そんなはずはない。明日は火曜日で祝日でもない。だが逆らうと面倒なのでやめた。 どんよりと曇った梅雨空の下、俺は得意先に行くついでに、小型トラ…

掌編小説「ステキな奥さん」

俺と嫁は幼なじみ。小さい頃は背比べをしあった仲だ。大きくなったら結婚しようって、小学校に行く前に言ってたけど、ほんとにそうなるとは正直思ってなかった。 結婚して三年になるが、子どもはいない。親にはそれとなく催促されている。でもイマイチそんな…

掌編小説「恋忘れ草」

どういふご縁だつたのでございませう。東京帝国大学の学生さんが、弟の大次郎のお勉強をみに、月に何回か我が家にいらつしやるようになりました。片岡文彦様とおつしやる方でした。大次郎は陸軍士官学校を目指してゐて、その受験のためにお勉強をみていたゞ…

仄聞伝説(ほのぎきでんせつ)「想い、あふれて」

昔、桂川のあたりのお屋敷に、美しい姫君がいらっしゃいました。 夏の夜、内庭にたくさんの蛍が飛び交っているのを、姫君がごらんになって、 「蛍をとって」とおっしゃいました。 召使いの少年が蛍を捕まえて狩衣の袖に包んで差し上げました。そして、 「狩…

無人島練習

整形外科のリハビリ

掌編小説「ママ」

「ママ、どこへ行くの?」 車の助手席にもたれ、男の子は尋ねた。三歳にしては小柄で痩せている。外はときおり風花が舞っている。 「とても美しいところよ」 ハンドルを握っている母親は、微笑んだ。 「お腹すいたよ」 「帰ったらシチューを食べようか」 「…

掌編小説「オニコ」

自分の名前が嫌いだった。「鬼塚さやか」。名字がなんだか怖いのが気に入らない。 下の名前が私の世代にはありふれているのも、全部ひらがななのも、気に入らない。 高校生の時、同じクラスにあと二人「サヤカ」がいて、一人は「沙也加」で「さやか」と呼ば…

現代誤訳「ジェラシイ?心覚」(『千載和歌集』より)

俺、心覚っていう坊主なんだけど、俺が賀茂神社に籠もっていたとき、神官の政平ちゃんがよく遊びにきてたんだよ。あいつ胡竹(こちく)っていう外国の竹でできてる笛が得意だから、それ持ってきてさ、よく歌とか作ったり合奏したりして楽しんでた。 隣に籠も…

現代誤訳「消えたきゃ消えれば?」(『伊勢物語』より)

ある男が 「こんなに逢えないなんて、もうオレ、死んじゃうからね」 と女に書き送った。女は シャボン玉なんか 消えたきゃ消えればいいのよ 残ってたって 首飾りにもできないんだからと返信した。 「オレってシャボン玉程度なの? 舐められてるのかな」 男は…

「ある脳内会話」

「ある悲劇」 うだつの上がらない男は毎日少しずつ絵を描いていた。出世も望めない男には絵を描くことが唯一の楽しみだった。 ある時、偶然その絵を見た同僚が、その絵を誉め称えた。 「すばらしい! 見事に完成された絵だ!」 男はそれを聞いて愕然とした。…