しぐなすの創作物置小屋

小説・現代誤訳・詩歌・漫画などなど

小説

400字小説「祈りの日」

空襲の翌日、東京は焼け野原だった。母に連れられて旦那様のお屋敷に行った。私たちが住んでいた離れの小屋は跡形もなく、母屋はかろうじて屋台骨が黒焦げになって残っていた。 瓦礫の中に生焼けの積み木があった。確かに坊っちゃんの玩具だ。一度ちらりと見…

「現実とテキスト」

現実とテキストは違うのよ。テキストには書いてないこと、書かなくていいこと、書いてはいけないことがあるのよ。だってあなたは人間でしょう? 息してるでしょう? くしゃみするでしょう? うんこするでしょう? うんこしたことをいちいちテキストにはしな…

200字小説「過去の旅路」

彼女の前には古い時刻表があった。不用品のダンボール箱に入れたのをすっかり忘れていた。雅彦との旅行のために買ったのだが、計画を立てる前に別れた。手痛い裏切りに泣き続けた日々が思い出される。二〇一四年はまだ金沢まで新幹線が延伸していなかった。…

200字小説『境界線の引き方』

ユウトってば、境界線の引き方が全然わかってないんだから。私というカノジョがいるのに、なんで幼馴染と二人きりで飲みに行くの? 男と女だよ? 「マイは幼稚園からのただの友達。恋愛感情皆無」ってユウトはヘラヘラしてるけど、私は男女間の友情なんて成…

200字小説『言えるわけがない』

だって、あいつとは喧嘩ばかりしてたんだ。小学生の頃から、俺はあいつの短い髪をからかったり、あいつは俺の字が下手だと嗤ったり。中学生の頃は成績で張り合ってた。高校生になったあいつが急にきれいになって、テニス部の主将と付き合っても、俺は知らん…

「宅配便を待つ女」

彼女は宅配便を待っていた。二、三日前にインターネットで注文した品物が来ることになっていた。住んでいるコーポには宅配ボックスというような気の利いたものはない。置き配は一度トラブルがあってからは断固拒否している。ネットの追跡サービスで調べると…

「燈火の炎に映った女」(ロングバージョン)

大納言の君の話 その宵、私(わたくし)が用事を済ませて宣耀殿に戻りましたところ、ちょっとした騒ぎになっておりました。小中将の君は母屋にいるはずなのに、廂の燈火の炎の上に小中将の君の姿が浮かび上がったというのです。 「小中将の君が二人……。どう…

200字小説『忘れて、なんて残酷だね』

「忘れて、なんて残酷だね。私ならそんなこと言わない」とユウコは言った。「あなたの五年間をなかったことにするなんて」と。「彼女にあげたハートのネックレスをなかったことにするなんて」と。「出張先から書いた愛の手紙をなかったことにするなんて」と…

200字小説「遠花火」

蒸し暑い夏の夜。ドーン、ドーンと音がする。遠花火。隣にマンションが建って、今年は窓から花火が見えなくなった。 花火大会に行った若い日を思い出す。横には彼女がいた。初めての恋。紺色の浴衣を着てはにかむ彼女は可憐だった。 「花火、見に行く?」 三…

400字小説「ボクは犬」

ボクは犬の山田ポチ。元捨て犬の雑種だけど、小学五年生のタケルが子分。毎日散歩に連れていく。 ある秋の午後、タケルを連れて遊歩道を散歩していると、見慣れないトイプードルがいた。かわいい女の子だ。リードを持っている人間も女の子で、ひらひらのスカ…

200字小説「敗戦の弁」

完全にわしの負けじゃ。この世界に入って足かけ五十五年。かつては天才少年と呼ばれ、向かうところ敵なしだったが、あんな若造に敗北を喫すとは、わしも焼きが回った。あやつは今年十六歳と聞く。わしがプロデビューしたのも十六の春だった。雪解川の勢いは…

200字小説「あやめ」

この古びた屋敷にひきこもって何十年になるだろう。昔々、あやめも知らぬ恋をした私を、二親(ふたおや)はここに閉じ込めた。その親ももういない。久しぶりに雨戸を開けると庭にあやめが咲いていて、私の心を乱す。あの人はどこでどうしているのだろう。婆…

200字小説「おぼろ月」

彼女は煌々と冷たく輝く満月の下を走っていた。見てしまったのだ、タカシがカズミとキスしているのを。大学一年生の時から付き合っている彼の部屋の扉を合鍵で開けたとたん目に入り、そのまま飛び出した。付き合って三年の自分達の間に、まさかサークルの後…

200字小説「呑んだくれの独り言」

台風の中をアケミが出て行った。場末の飲み屋のホステスだが、勝手に俺の世話を焼いていた。片足をなくして船を降りてからもうすぐ一年。サメにさえ食われなけりゃ船乗りを続けたのに、生き残ったのが奇跡なんだとよ。足がうずくとアケミを殴った。俺の女房…

200字小説「燈火の炎に映った女」(「今昔物語」より)

その日、宣耀殿はちょっとした騒ぎになっていた。小中将の君は母屋の女御様の御前にいるはずなのに、廂の燈火の炎の上に彼女の姿が浮かび上がったという。若い女房達はどうすればいいのかわからないと見え、おろおろしている。けれど私は「こういう時は燈火…

140字小説まとめ4

※Twitterに投稿した140字小説をSS名刺メーカー様にて画像化しました。

400字小説「マツバギク」

元ネタ:横浜を発つ日の重き空の下おもちやのやうな松葉菊咲けり(自作)

200字小説「虹のお告げ」

夕立に見舞われたのは、彼のバイクに二人乗りして走っていた時だった。構わずバイクを飛ばす彼の背中に、私はしがみついた。雨はすぐ止み、虹が出た。それも二重の虹が。ずぶぬれの私達は川原にバイクをとめて見とれた。「神様のプレゼントね。私達の気持ち…

200字小説「美しき人魚」

食事の後、二人きりで海辺を歩く。見合いなど初めてなので戸惑っていた。終始すまし顔だった彼女は、砂浜を歩いているうちに落ち着きがなくなり、突然「もう我慢できない」と叫ぶと、真珠の首飾りを外して僕に差し出した。「これ、持っていて下さる? 祖母の…

140字小説まとめ3

※Twitterに投稿した140字小説をSS名刺メーカー様にて画像化しました。

200字小説「月夜」

陸軍大将子息の惟貞(これさだ)は茶会から帰るなり、出迎えた婆やに仏頂面で「華族のお嬢さん達はまるで月下美人だね。確かに綺麗だがよそよそしい」と言った。ちょうど庭先に月下美人が咲いている。未来の花嫁にふさわしい相手はみつけられずに夜を迎えた…

400字小説「浅い夢からさめてしまっても」

400字小説「ひるがほの仄かににがし」

200字小説「君をこそ待て」

えゝ、薫子さんとはあの丘の上で別れました。月の出を待つとおつしやつて。 「だつて、お月見は明日でせう?」と私が尋ねると、貴子さんが、 「違ふわよ。いとしの君を待つのよね」と訳知り顔におつしやつて、につこりとなさつた薫子さんの頬はバラ色に輝き…

200字小説「二条橋」

「なんで二条橋なん。ここ見えへんのに」と、橋のたもとで浴衣姿のマミは言った。 「ちょっと通るだけ」と僕は曖昧に答えた。人生初デートの苦い思い出がここにある。 送り火を見に来たのはいいが、涼子も僕も地方から出てきたばかりで何も知らず、人混みを避…

200字小説「酔芙蓉」

久しぶりのゴロちゃんとの酒。四十年、いや五十年ぶりか。瓢の徳利はこの料亭の名物だ。庭には見事な酔芙蓉。隔たった時間もどこへやらで、ヨウコちゃんの笑顔を思い出す。空から見ていてくれるだろう。いろいろあったが、恋敵だった俺達は彼女の倍以上生き…

「異伝・桃太郎」

昔々、あるところに、欲張り婆さんがいました。かねてから桃太郎の噂を聞いていたお婆さんは、大きな桃に遭遇したときに備えて、日々鍛錬を積んでおりました。 投げ縄の練習をし、バーベルを持ち上げ、プロテインを摂り、筋トレを欠かしませんでした。 ある…

「異説・ウサギとカメ」

昔むかし、あるところで、ウサギとカメがかけっこをしました。 ウサギの足は速く、たちまちカメを引き離しました。しばらく後からカメがのろのろと走っていくと、切り株で昼寝をしているウサギをみつけました。 ――こいつ、こんなところで寝ているぞ。おれの…

2020、天の川にて

2020年七夕。彦星がいそいそと天の川の舟着き場に行くと、なにやら張り紙がありました。 「新型コロナウイルス感染拡大防止のため、当面の間臨時休業とさせていただきます」 「えーーー!」 彦星は愕然としましたが、織姫とのデートを休業するわけにはい…

400字小説「夾竹桃」

十月になってもまだ咲いている夾竹桃。バカなの? 空気読めよ。もう秋なんだからさっさと消えろ。 あれは夏。夾竹桃が安っぽいピンクの花を盛大に咲かせていた。蝉がうるさく鳴く図書館の裏で、あいつは私に別れを告げた。ほかに好きな人ができたんだってさ…