ある日のこと。紀貫之は玉津島神社を目指して馬を駆っていました。和歌の道ひとすじの貫之でしたが、和歌の神様である玉津島神社へはまだ参ったことがありませんでした。このままだとモグリだと言われかねないので、とっとと参ってしまおうと思い立ったのでした。
都を立ってずいぶん遠くまで来ましたが、日が暮れかかる頃です。遠くに入相の鐘が聞こえます。と、にわかに雨が降ってきました。それにどういうわけか、馬もかがみこんでしまって動かなくなってしまいました。
「おい、いったいどうしたんだ。…困ったな。こう暗くては後にも先にも進めないし。さてどうしたものか」
そこへ松明を持った老人がぶつぶつ言いながら通りかかりました。
「まったく、神様を慰める神楽も聞こえぬ、宮守も1人もいないとは。情けないことじゃ(怒)」
貫之は声をかけました。
「もし、ご老人、ちょっとお尋ねしたいのですが」
「このあたりにはお宿もございませんよっ。もう少し先へお行きなされ」
老人はかなりイラついている様子です。貫之は恐縮した様子で言いました。
「この暗さに行く先も見えませぬ。しかも馬もなぜかかがみこんで動けなくなってしまった。助けてくださらぬか」
「さては下馬されませんでしたな」
老人はいじわるそうな顔で言いました。貫之は驚きました。
「ここは下馬せねばならぬようなところなのですか」
「もったいないことじゃ。ここは蟻通明神といって、たいそうキレやすい神様がおわしますところじゃ。それを知っていて馬に乗ったまま通られたならば、そのような無礼者、よもや命の保証はございますまい」
「そうとは知らず…。で、お社はどちらに?」
「この森の中…ほれ、あそこに」
「おお、たしかに神社だ…。そういえばご老人も神主ルック」
老人の指さす方にはかすかに鳥居が見えました。その奧にお社もあります。
「ところで、おたくは高貴なお方とみえる。いったいどなたですかな?」
老人はいぶかしげに貫之を見ました。
「私は…紀貫之と申します。これから玉津島神社に参るところです」
「えええっ!? かの有名な紀貫之殿!?(驚愕)」
老人はすっとんきょうな声を上げてから、試すような口調で言いました。
「ならば、歌をよんで蟻通明神のお怒りを鎮めてくだされ」
「やってみますが、私ごときの歌で明神様に通じますでしょうか」
貫之はしばらく考えていましたが、一首の歌を口にしました。
「…雨雲の立ち重なれる夜半なれば有りと星とも思ふべきかは…なんちって(ちと苦しいかしら)」
老人は貫之の歌を繰り返しました。
「『雨雲の立ち重なれる夜半なれば有りと星とも思ふべきかは』…雨雲が重なっている夜だから星があるとは思いませんでした…有りと星、ありとほし、蟻通! ばんざーい、ばんざーい、ばんざーい(狂喜)おもしろ〜い。裏にちゃんと蟻通明神の名前も入れるなんて、にくいね、このっ、このっ(ツンツン)」
「は、はあ、そんなに喜んでいただけるとは…(結構単純?)」
「明神様も大喜びですぞ。ああ、おもしれ〜(パンパン)」
老人は膝を叩いて喜びました。
「(そんなにウケるか、フツー?)…以前、古今集の序にも書きましたけど、うぐいすの声も、蝉の声も、みな歌なのです。歌は鬼神の心も動かすことができるのです。歌はすばらしい。今の私の歌も、悪意がなかったという歌なのですから、お許しくださいますよね。…って、馬が生き返ってるし!」
かがみこんでいたはずの馬が元気に立ち上がり、ヒヒーンと一声いななきました。あんなに激しかった雨も、いつのまにか止んでいました。
「ありがたきこと…!! ご老人、ぜひ祝詞を読んで明神様に捧げてください」
「承知しました。…謹上再拝…」
老人は朗々と祝詞を上げました。
「いやいやいや、まったく、神様をお慰め申すには和歌がいちばんっ。その中でも、神楽歌に合わせてカワイイ女の子が舞の袖を翻すなんて景色は、もーたまりませんな〜(妄想中)。ワシも舞っちゃう!」
(祝詞上げながら妄想してたんかい…)
老人は、引きまくる貫之をよそに、ひとしきり舞い戯れました。そして貫之に言いました。
「ワシ、実は蟻通明神本人でしたっ(あはっ)。下馬しないでワシの前を通る者にイジワルしようと思ったんじゃが、それがかの有名な貫之殿だったとはね。その貫之殿がワシに歌をよんでくれたんで、うれしくて踊っちゃいました(てへ)」
「な、なんと明神様でしたか…光栄に存じます(ってーか、かなりミーハーな神様?)」
「んじゃ、ワシ帰るわ。今度ここを通るときは馬を降りるよーに。ってーか、玉津島神社じゃなくてワシに参れよな。ってなにげに命令形♪ あ、ついでにサインもちょうだい」
蟻通明神はサインをもらうと、かき消すようにいなくなりました。
「はあ…疲れるキャラだ…」
貫之は玉津島神社を目指して再び馬に乗ったのでした。