しぐなすの創作物置小屋

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熱血!平安オールスター歌合せ

実況アナ「こんばんは。こちらは東京ドームです。まもなく平安オールスター歌合せが行われようとしております。解説は柿本人麻呂さんです。いよいよ熱戦の火蓋が切って落とされようとしておりますが、人麻呂さん、楽しみですね」

人麻呂「そうですな。なんといっても平安時代を代表する豪華メンバーですからな、ゲホゲホ、失礼、この歳になりますと痰がからみましてな」

実況アナ「さあ、選手入場です。大伴黒主を先頭に、小野小町紀貫之凡河内躬恒壬生忠岑の各選手が手を振りながらの入場行進であります。この五名が左右に分かれて和歌の優劣を競うのであります。人麻呂さん、みどころはどういったところでしょうか」

人麻呂「そうですな、やっぱり黒主VS小町の一戦でしょうな、ゲホゲホ」

実況アナ「さあ、その大伴黒主小野小町の対戦であります。帝の手が高々と上がりました、試合開始であります」

小町「蒔かなくになにを種とて浮草の波のうねうね生い繁るらん」

実況アナ「小町が自作の和歌を読み上げましたが…」

黒主「ちょっと待った!」

実況アナ「おっと、黒主が何か抗議をしているようであります」

黒主「その歌は古歌のパクリに存じます」

(ざわざわ)

実況アナ「スタンドがざわついております。これは思わぬ展開であります」

小町「はぁ!? パ、パクリですって!? ちょっと、何を証拠にそんないちゃもんつけるのよ。古今なの?万葉なの?作者は誰なのよ、ええっ!?」

実況アナ「小町、激怒しております」

人麻呂「面白くなってきましたな、ゲホゲホ」

黒主「むははは、逆ギレは見苦しいぞ。パクリ元は万葉集、よみ人知らずの歌と見た。小町といえば衣通姫系でなよなよ系のひ弱な歌ばかり。負けるのが嫌で古歌をパクるのもしかたあるまい」

実況アナ「黒主、小町を挑発しております」

人麻呂「黒主は余裕の表情ですな、ゲホゲホ」

小町「あんただって猿丸大夫系の猿知恵じゃないの。あたしの悪評を立てようったってそうはいかないんだから。あたしは古歌のパクリなんてしてませんっ」

実況アナ「おっと、ベンチから両軍の選手が飛び出しました。バトルであります。大変なことになってきましたね、人麻呂さん」

人麻呂「盛り上がってますな、ゲホゲホ」

実況アナ「紀貫之が何か叫んでおります」

貫之「黒主殿、証拠を出してください」

黒主「むはははっ、これを見るがよい」

実況アナ「黒主が懐から何か本のようなものを出した模様です。なんでしょうか」

人麻呂「あれはベストセラーの『風呂で読む万葉集』ですな、ゲホゲホ」

貫之「おお、いかにも『蒔かなくになにを種とて浮草の波のうねうね生い繁るらん』と書いてある」

小町「ちょっと貸しなさいよっ」

実況アナ「おっと、小町が『風呂で読む万葉集』を取り上げました」

小町「…はー、確かに書いてあるわね。あんたのド下手な字で! さては、昨夜あたしの家に忍び込んで、和歌を立ち聞きして、ここに書き込んだのね」

黒主「な、なにぃ?」

実況アナ「小町の反撃であります。さあ、勝敗の行方はわからなくなってきました」

人麻呂「形勢が逆転しましたな、ゲホゲホ」

貫之「それはまことですか!?」

小町「昨夜、悶絶しながら和歌を作っているとき、へんな物音がしたのよ。あんただったのね」

黒主「な、なにを証拠に」

小町「はん。見せてやろうじゃないの。ちょっと、これに水をかけてちょうだい!」

実況アナ「グラウンド整備員がホースを持ってきました。『風呂で読む万葉集』に水をかけている模様であります」

小町「ほら、あんたの書き込みだけが水で消えたわっ!」

実況アナ「小町が『風呂で読む万葉集』を帝に見せてアピールしております。黒主の書いた部分が消えた模様です」

人麻呂「マッキーで書けばよかったかもですな、ゲホゲホ」

実況アナ「なるほど。やはり黒主の反則であります」

黒主「バレたか…無念なり…。かくなる上は自害するしかなかろう」

実況アナ「おっと、黒主が立ち上がりました」

人麻呂「切腹ですかな、ゲホゲホ」

小町「ちょっと待った!」

実況アナ「おっと、小町が黒主を制止しております。どうしたんでしょうか」

小町「自害なんてすることないわ。バレバレの細工をしたのも勝ちたい一心だったのよね。とてもピュアだと思う。あたしたちもそのピュアさは見習うべきだわ。そうでしょ、みなさん!」

実況アナ「おっと、小町の言葉にスタンドから、そして各選手から拍手が起こっております」

小町「あたしたちはママ友、じゃなくて和歌友なのよ。また仲良くやりましょう。今日のことは水に流すの。グラウンド整備のホースでね!」

実況アナ「小町の、グラウンド整備のホースを指さすポーズが決まりました」

人麻呂「小町は男を上げましたな、ゲホゲホ」

黒主「かたじけない。小町殿、このご恩、一生忘れませぬ」

実況アナ「黒主がマウンド上で泣き崩れております」

小町「平安オールスター歌合せに涙は禁物よ! もうあたし、踊っちゃうわ」

実況アナ「おっと、小町が勝利の舞を舞い始めました」

人麻呂「見惚れますな、ゲホゲホ、カーッ、ペッ」

実況アナ「スタンドにはジェット風船と紙吹雪が乱舞しております。興奮のるつぼであります。それではこのへんで、東京ドームからさようなら!」