昔、中国の清斉寺という寺に道明・玄渚(げんしょ)という二人の僧が住んでいた。道明は先に死んでしまった。
そののち、玄渚が外出したときのこと。あるお寺のあたりを過ぎると、その寺の門に死んだはずの道明が立っていた。玄渚は不思議に思い、近づいていった。
「あなたは道明さん!?」
「そういうあなたは玄渚さん」
「とっくに亡くなったはずなんじゃ…」
「そうなんです。そうなんですが、死んでからこのお寺に住んでいるのです」
「そ、そんなバカな、」
「久しぶりですね、玄渚さん。寺をご案内しますよ、さあ、こちらへどうぞ」
道明はいぶかる玄渚の腕をとった。玄渚は不審を抱きつつ、道明とともに寺に入っていった。中にはお堂があり、その後ろに僧房があった。そのうちの一部屋で互いに積もる話をするうち、夜になった。
「ちょっと外出してきます。前のお堂に毎晩用事がありましてね…。いえ、じきに…夜明けには帰ってきますよ。ただし…私がお堂にいる間、く・れ・ぐ・れ・も中を見ないでください。く・れ・ぐ・れ・も、ね」
道明はこう言って出て行った。
見るなと言われたものの、玄渚は道明が何をしているのか気になった。そして我慢できずに、そのお堂に行くと、ちょうど壁に穴があったので、そこから中を覗いてみた。すると、床に道明が座っている。そこへ大きな鍋を抱えた背の高い童がやってきた。鍋には何か入っているようだ。道明の前には大きな器がある。童は鍋の中のものをくんで、道明の器へなみなみと注ぎ入れた。見ると、溶けて煮えたぎった銅である。道明は器を手に取った。そしておずおずと口に持って行った。どうやら銅の湯を飲まされるらしい。
「ぐわっ、うっうう…」
赤々とした銅の湯を飲む道明は、七転八倒して苦しんだ。ジュウと、のどが焼けるような嫌な音と、匂い。銅の湯が床にこぼれる。童は容赦なく、次々と銅の湯を器に注ぐ。悶えつつ飲むにしたがって、道明のからだも赤くなって光ってくる。
玄渚はこれを見ると、あわてて僧房にもどってきた。見るも無惨な光景に耐えがたかった。
夜が明けて道明が帰ってくると、玄渚は言った。
「道明さん! 見てはならぬと言われましたが、不審に思ったので、お堂に行って壁の穴から覗きました。あのありさまは…いったいどういうことですか」
「そうですか、見てしまいましたか…」
「す、すみません…。でも、あなたは清斉寺にいたとき、戒律を犯すことはなかったはず。なぜあのような仕打ちを受ける必要があるのですか」
「あなたの言うように、私は戒律を破ったことなどありません。…ただ、袈裟を染めるため、人に薪を一束借りて、それを返さないうちに死んでしまいました。それであの罰を受けるはめに…」
そう言うと、道明は玄渚の手を握って懇願した。
「玄渚さん、どうかはやく清斉寺へ帰って、私のために法華経を書写して供養してください!」
「法華経を?」
「そのためにあなたをここへ呼んだんですから」
「え…(呼ばれてたんかい!)」
玄渚は清斉寺に帰ると、道明のために必死に法華経を書写して供養した。
そののち、玄渚の夢に道明が現れた。
「あなたが法華経を書写して供養してくださったおかげで、私は罰を免れることができました。このご恩は後の世まで忘れません」
そう言うと、道明はにっこり笑って消えてしまった。
翌日、玄渚は道明がいた寺へ行ってみた。しかし寺は荒れ果て、誰もいないのだった。