しぐなすの創作物置小屋

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掌編小説「白花サルスベリの家」

 駅の方へ行く道に、門口にサルスベリが植わっている家がある。夏になると赤ではなく、白い花が咲く。私は勝手に「白花サルスベリの家」と呼んでいる。
 梅雨の晴れ間の午後だった。駅前のスーパーへ行く途中、その家の古びたブロック塀の前で、老人が何か話しているのが遠目に見えた。「白花サルスベリの家」の住人らしい。時々見かける。近づくと、傍らに作業服姿の中年男性がいるのが見えた。隣の敷地が新築工事中なのだが、その関係者らしい。老人はその男性に向かって何か言っている。よく聞くと苦情のようだ。
「何遍言ったらわかるんだ。ここに車を置くなと言ってるだろう」
 だんだん声が大きくなり、ぞんざいな言葉遣いになっていく。白い髪は乱れ、べっこうの眼鏡をかけた顔は赤い。やせた腕が激しく動いている。作業服の男性はずっと下を向いている。
 あの老人は前も家の前で誰かと喧嘩していた。そのときは相手も声を荒げ、今にも取っ組み合いを始めそうな雰囲気だった。
 ずいぶん血気盛んな人のようだ。私はそちらを見ないようにして脇を通り抜けた。
 白いサルスベリがもうすぐ咲くというのに。

 それから一ヶ月ほどたった夕暮れ時、「白花サルスベリの家」の前を通った。なんだかものものしい雰囲気だった。家の前にバンが止まっていて、黒いスーツを着た男性が祭壇のような物を運んでいる。人の出入りがあわただしく、家の中は電灯が煌々とついているのが障子越しにわかる。
 不幸があったのだろうか。激高する老人の姿が思い出された。
 隣の敷地には少し前に小奇麗なメゾネットが完成していた。
 サルスベリの白い花が重そうに咲きこぼれ、地面に花を散らしている。薄闇の道がぼんやりと白い。

 その後、買い物帰りに「白花サルスベリの家」の前を通り過ぎる時、女性の鼻歌が聞こえてきた。何げなく目をやると、サルスベリの木の陰に、上品な老婦人の姿が見えた。スコップを片手に、にこやかに土いじりをしている。
 あの怒りっぽい老人の姿は、作業員に文句を言っていたあの梅雨の日からずっと見ていない。
 隣のメゾネットのベランダには、カラフルな洗濯物が干してある。
 サルスベリは花の盛りを終えていた。涼しい風が吹いてくる。夏ももう終わりだ。