しぐなすの創作物置小屋

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仄聞伝説(ほのぎきでんせつ)「照姫と瑠璃丸」

 昔、ある村に照姫(てるひめ)という美しい娘がいた。元は身分の高い生まれだったが幼いころに両親と別れ、この村まで流れてきた。村のはずれの粗末な庵で暮らしていた。
 姫が十九歳になったころ、一人の少年が訪ねてきた。名を瑠璃丸といった。十六歳だという。彼もまた幼いころに両親と別れ、お付きの老爺と二人で放浪していたが、先ごろ、老爺が亡くなって、ただ一人の身となってしまった。村に入ったところで空腹に耐えかね、照姫の庵の戸を叩いたのであった。
 姫は快く瑠璃丸を迎え入れた。そして食べ物を与え、身なりも整えてやった。瑠璃丸はそれからずっと姫の元に留まった。
 姉弟のような仲だった二人は次第に恋心をいだくようになり、ある夜、結ばれた。
 照姫は瑠璃丸が肌身離さず身につけているお守りのことを尋ねた。
「いつも身につけているのですね。……お守り?」
「爺やの話では、母上が持たせてくれたそうです。僕は小さかったから覚えていないけれど」
「母上を思い出すよすががあって、羨ましい。私は形見になるものが何もないの。でもあなたがいれば、もう何もいりません」
 瑠璃丸は照姫の膝の裏に三つのほくろをみつけた。
「こんなところにほくろがある。あなたはご存知ですか」
「自分ではなかなか見ることができませんが、亡くなったおばあさまが教えてくれました。三つのほくろをもつ者は幸せになれるのですって」
「とてもかわいらしい。空の星を写したようです」
 二人は毎晩抱き合って眠った。やがて照姫は月のものがなくなった。

 そんなある日のこと、近くのいかずち山に棲む山賊が村を襲撃した。賊は照姫と瑠璃丸の庵にもやってきた。その中の首領とおぼしき、頭巾で顔を隠した者が、姫と瑠璃丸を連れていくように、手下の者に命じた。
 山賊の住処に連れていかれたときには、瑠璃丸は怪我をしていて意識も朦朧としていた。
 首領は二人を連れて狭い牢屋のような一室に入ると、頭巾を取った。照姫はその顔をみると驚いた。首領は妖艶な女だったからである。
 女首領は照姫を縛り付けている縄をほどき、着物を脱がせた。
「上玉だが、その胸乳の色は……お前、孕んでいるのか」
 照姫の乳房を見るなり言った。
「この坊やの子か?」
 女首領は瀕死の瑠璃丸の顎に刀を当て、上を向かせた。
「坊やはもうダメだ。売れば結構な金になると思ったが、もう商品価値はない」
 そう言って刀を瑠璃丸の首に当てた。照姫は悲鳴をあげた。
「や、やめてください、お願い、やめて!」
「苦痛から解放してやるのだ。慈悲と思え」
 女首領は刀で瑠璃丸の首を斬った。血飛沫をあげて瑠璃丸は息絶えた。
 姫は泣き崩れるより術はなかった。
「おや?」
 女首領は瑠璃丸の胸元から覗いているお守りらしきものに気がついた。
「こ、これは……」
 お守りを手に取ると、女首領の顔色が変わった。
「まさか、お前は……この者の姉なのか?」
 照姫は泣くばかりで答えない。
「膝の、膝の裏を見せよ!」
 女首領は照姫の膝の裏を見たとたん、その目から不意に涙がこぼれ、刀をもつ手が緩んだ。その隙に姫が女首領の手から刀を奪い取った。
「夫のかたき!」
 姫は女首領を切りつけた。女首領は抵抗することなく倒れた。そして息も絶え絶えにつぶやいた。
「ああ、その膝の裏の三つのほくろ、そしてお守りが動かぬ証拠……。お前たちは……私が産んだ子……照姫、瑠璃丸」
「それはいったい、どういうことです!?」

 女首領が語るところによると、照姫と瑠璃丸は父親違いの姉弟なのだった。女首領は以前、武士の妻で若葉御前と名乗っていたが、照姫を生んだのち離縁した。その後、若葉御前は他家へ嫁して瑠璃丸を産んでから、再び離縁した。そして今は山賊の首領となって生き延びていたのだ。
 そう語ったのち、若葉御前は自ら舌を噛み切り、息をひきとった。
「あなたが母上……瑠璃丸様が弟……」
 照姫は刀をもったまま、放心したように外に出た。そばに沼があった。そのほとりで、弟と母の血を吸った同じ刀で自ら腹を突いたあげく、沼に飛び込んだ。
 照姫の亡骸は上がらなかったという。