やっと日が傾いたのを見計らって、四時過ぎに買い物に出かけた。九月も終わりだというのに、昼間は強い日差しだった。
国道を渡って細い道をたどる。車もあまり通らない。コーポや低層マンションが立ち並び、その先は大きな古い屋敷のコンクリート塀がつづく。そのまた先には三叉路がある。
スマホを見ながらのんびり歩いている私を、後ろから小型犬を連れた中年男性が追い抜いていった。男性の、膝丈パンツにサンダルの足と、トイプードルが視界に入った。茶色い毛におおわれた後ろ足がたどたどしく前後する。ぬいぐるみみたいでかわいい。
ピンポーンとチャイムの鳴る音が聞こえた。その男性が、三叉路の角の家の玄関チャイムを鳴らしているのだった。あの家の人なのかと思った。男性はプードルを抱き上げた。
小ぶりだがモダンな造りの家だ。三階建てで四角い形をしていて、レンガ調の壁に小さな窓がばらばらに付いている。
門扉はなく、玄関の前に数段ステップがあって、脇には植木鉢やオブジェが並んでいた。ときどきあまり見ない花が咲いており、前を通るたびに眺めて楽しんだ。ただ、何年か前から、サンタクロースの形のランプが年がら年中置きっぱなしになっていた。
男性と犬の横を通り過ぎるときに、インターホン越しの女性の声が聞こえた。
「ココちゃーん」という甲高い猫なで声。「ちょっと待ってね〜、今開けまちゅよー、うふふ、ココちゃ〜ん」
あまり若くなさそうな女性の、人目をはばからない大きな甘ったるい声が響く。
ペットに話しかけるとき、飼い主は赤ちゃん言葉になってしまうと、どこかで聞いたのを思い出す。なぜかこっちが恥ずかしくなり、ひたすらスマホを見る。
男性は何も言わない。犬はココちゃんというらしい。おそらく男性は犬をインターホンのカメラに写るような位置に持ち上げているのだろう。中の女性は、かわいいココちゃんの顔を見ながら話しかけているのだ。
少し間をおいてからドアを開け締めする音が聞こえた。
意外だった。犬を連れた男性とインターホンの猫なで声の女性は夫婦なのだろう。サンタクロースのランプを放置していることから、何かただならぬ家庭の状況を想像していたが、そうでもないらしい。なんとなく安心したような、それでいてちょっとがっかりしたような、妙な気分だった。
少し涼しい風が吹いてきた。黄金色の光が建物の切れ目から差してくる。日暮れが近い。