しぐなすの創作物置小屋

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掌編小説「初めてのチーズ牛丼」

 吉野家にチーズ牛丼を食べに行った。初めてのチーズ牛丼である。
 席について注文を終えると、程なく年配の男性が店に入ってきて、近くに腰かけた。いきなり「カタン」という大きな音がした。持っていた杖を床に落としたようだ。その音が私の意識をそちらに向かわせた。
「うぉーい」
 そのおじさんは店員を呼んでいるようだが、気づいてもらえない。
「うぉーい」
 二回目でやっと店員が気づいた。外国人らしき店員が注文をとりにきた。
「牛丼……○×*◇」
 あまりろれつが回っていなくて、何を言っているのかわからない。
「牛丼並デスカ」
「牛丼……○×*◇」
「牛丼並デ御飯半分ト、豚汁デスネ?」
 私には聞き取れなかったが、店員は聞き取れたようだ。しかし牛丼並の御飯半分って、「小盛」のことなのではないのか? メニューには「小盛」というバリエーションがあった。「並」よりも少しだけ安い。私は「小盛」にしようかと一瞬迷ったが「並」にしたのだった。なにしろ初めてのチーズ牛丼なのだから。
 店員はおじさんのオーダーを厨房に通した。
「牛丼並イッチョウ」
 並で通してるよ……と私は心配になった。
 注文主のおじさんは小盛のつもりで頼んでいたのでは。それが外国人店員には通じなかったのでは。いざ会計のときになって、並だ小盛だとトラブルになるのではないか? おじさんはアル中とおぼしく、なかなか柄が悪そうだ。そういえば近くには場外馬券売り場がある……
 もしかしてこれは血を見ることになるかも!?
 しかし「小盛」が必ずしも「『牛丼並』の御飯半分」と等しいとは限らないではないか、と私は思い直した。「小盛」は御飯も控えめだが牛も控えめということなのかもしれない。「『牛丼並』の御飯半分」はまた別物なのかもしれない。そして御飯は、オーダーを受けて「牛丼並」と通した外国人店員が責任を持って自分で盛るのかもしれない。……
 そんなことを考えていて、せっかく頼んだチーズ牛丼の味もあまりわからなかった。初めてのチーズ牛丼なのに。
 私はおじさんよりも先に店を出たので、その後どうなったのかわからない。
 帰宅後、ネットニュースを目を皿のようにして探したが、「新宿の吉野家で殺人」みたいな記事は発見できなかった。私は胸を撫で下ろした。そして心の中で叫んだ。
「初めてのチーズ牛丼の感動を返して……」